タイトル

第1章: 時計店クロノ・レクタスと不思議な砂

時計店「クロノ・レクタス」の店内は、静寂に包まれていた。店の中央に大きな振り子時計が鎮座し、その規則正しい「カチ、カチ」という音が、ルカの耳に心地よく響く。どこか古びた木の香りが漂う店内には、様々な形や大きさの時計が並び、時を刻む音が微かに混じり合い、空間を支配していた。

時計店クロノ・レクタスの店内

クロノ・レクタスはいつも通り静かだった。店内に響くのは、規則正しく時を刻む時計の音だけ。壁に掛けられた振り子時計が、カチ、カチ、と揺れるたびに、店内に穏やかな空気が流れた。時計修理が生業のこの店は、古びた木製の棚にさまざまな種類の時計が並び、その一つ一つが独自の時を刻んでいた。

ルカは、カウンターに座りながら懐中時計をじっくりと見つめていた。この時計は、行方不明になった父親の形見だった。壊れてしまった懐中時計を修理することは、ルカにとって父親との繋がりを保つための大切な行為であり、何よりも心の支えだった。

「ルカ、お兄ちゃん!見て見て!」
妹のアリアが、明るい笑顔で店の奥から走ってきた。彼女の手には大きなアルバムが握られていた。二人が一緒に作っていた、家族や友達との思い出をまとめたアルバムだ。

ルカとアリアがアルバム作りをしている様子

「どう?さっき撮った写真、ここに貼ってもいい?」
アリアは楽しそうにアルバムのページをめくり、笑顔でルカに見せた。ページには、二人が一緒に過ごした何気ない日常や、家族との時間が記録されていた。幼い頃の写真や、学校のイベントでの一コマが色鮮やかに貼られ、アリアが丁寧に装飾した可愛いシールやメモがあちこちに散りばめられていた。

「うん、いいね。それ、ちょうどいい場所だよ。」ルカは優しく微笑んで、アリアの提案に頷いた。

「お兄ちゃん、早く一緒にアルバム作ろうよ!」 アリアは嬉しそうにルカの隣に座り、ペンやシールを広げた。

二人はいつも一緒にこうしてアルバムを作っていた。アリアは創造力が豊かで、アルバムに写真だけでなく、小さなメモや絵も描いていた。ルカは、そんな妹を温かい目で見守りながら、彼女のアイデアにいつも感心していた。

「ここには、去年の夏休みに行った海の写真を貼ろうよ。それと、隣にメッセージを書いておこう。」
アリアはそう言いながら、ペンを握り、さっそく写真の横に『お兄ちゃんと海で遊んだの、すごく楽しかった!』と書き込んだ。ルカはアリアのその無邪気な姿に笑みを浮かべ、懐かしい記憶がよみがえった。

「アリア、本当にいつも上手にまとめるね。」 ルカは感心しながら、手元の写真を眺めていた。「でも、もう少し写真を撮りためないとページがなくなりそうだよ。」

「えへへ、次はどこに行こうか?」 アリアは目を輝かせ、次の思い出作りを心待ちにしている様子だった。

その晩、ルカは店の奥にある作業台で、古い懐中時計を修理していた。それは彼の父親が残した唯一の形見だった。父が行方不明になって以来、この時計はルカにとって、失われた時間を取り戻すための唯一の手がかりのように感じられていた。細かい歯車や針を慎重にいじりながら、ルカは深いため息をついた。

「やっぱり、まだ動かないか…」

ルカは時計を手に取り、その精緻な作りをじっと見つめた。父の失踪は彼の心に大きな穴を開け、その謎はずっと解けないままだった。

「お兄ちゃん、またその時計いじってるの?」
突然の声に、ルカはハッとして顔を上げた。そこには、妹のアリアが立っていた。アリアは無邪気な笑顔を浮かべ、ルカの隣にちょこんと座り込んだ。

「うん、これを直してあげたいんだ。父さんが大事にしてたからね。」
ルカは微笑んで答えたが、その表情にはどこか影が差していた。アリアはそんな兄の顔を見て、少し不安そうに尋ねた。

「お父さんのこと、覚えてる?」

ルカは少し戸惑いながらも、静かに頷いた。「もちろん覚えてるよ。でも君はまだ小さかったから、あまり覚えてないかもしれないね。」

アリアは考え込むように目を伏せた。「そうだね、ほとんど覚えてない…。お母さんも、お父さんがどうしていなくなったか教えてくれないし。」

その言葉に、ルカは胸を締め付けられるような感覚を覚えた。母・蒼子は、父の失踪についてほとんど何も語らなかった。彼女自身も謎めいた存在で、今は「灰原病院」に入院している。蒼子はかつて、「私たちは2000年前の時代から逃げてきた時の守護者だ」と言い続けていた。それが原因で彼女は妄想癖と診断され、病院に収容されている。

ルカは母の言葉を信じていなかったが、心のどこかで、彼女の話が単なる妄想とは思えない部分もあった。特に、蒼子が父の失踪について口を閉ざしている理由が何かあるのではと感じていた。

「アリア、お母さんのこと、信じてる?」 ルカがふいに尋ねた。

アリアは、少し困ったような表情で首をかしげた。「お母さんの話は、正直よくわからない。でも、お兄ちゃんが一生懸命お父さんの時計を直してるの、なんだか安心するんだ。」

ルカはその言葉に微笑み、懐中時計を再び手に取った。彼にとっても、時計の修理は一種の心の支えとなっていたのだ。

その時、店のドアが静かに開き、冷たい風が店内に流れ込んできた。

「霧人…」
ルカの声がかすれた。霧人はルカの親友であり、時折この「クロノ・レクタス」を訪れていた。彼は、いつも冷静でありながらも何か秘密を抱えているような不思議な存在感を持っていた。

「ルカ、元気か?」 霧人は柔らかな声で言いながら、店内に足を踏み入れた。

「うん、まぁね。どうしたんだ、急に。」

霧人は静かに笑い、ふと目を細めた。「実は…お母さん、蒼子さんの話、最近気になってさ。」

ルカは驚いて霧人を見つめた。「お母さんの話? あれはただの…妄想だろう。」

霧人は少し考え込むように、深く息を吸い込んだ。「ルカ、お母さんの話していること…もしかして、真実じゃないかって思い始めたんだ。」

ルカは眉をひそめた。「え? 何言ってるんだ、霧人。」

霧人は続けた。「確かに話の内容は現実離れしてるけど、意外と矛盾がない。しかも、彼女が語る言葉の中には、古い文献や歴史書には記されていないけど、どこか心に響くものがある。」

「そんなこと…」

ルカが言いかけたその瞬間、霧人は不意に話を切り出した。「それにさ、蒼子さんの言う『時の砂』って本物かもしれない。確かめてみないか?」

「時の砂?」

ルカは一瞬戸惑った。母が語っていた「時の砂」とは、時間を操るための道具だとされていたが、彼にとっては空想の話に過ぎなかった。

「家にあるんだろう? その『時の砂』。」

ルカは霧人の提案に半信半疑ながらも、好奇心を抑えきれず、家に戻って母が残した袋に入った「時の砂」を持ち出した。

「これだ。」

霧人は静かにその砂を見つめた。「時計に振りかけてみろよ。」

ルカは言われるまま、父の懐中時計に砂を振りかけた。その瞬間、時計が目の前から消えた。ルカと霧人は驚愕し、言葉を失った。

翌日、時計が元に戻り、彼らは「時の砂」が本物であることに気づくのだった。蒼子が言っていた話が、単なる妄想ではなく真実である可能性が出てきた。ルカと霧人の心は、その時から大きく動き始めた。